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主に毛利元就から浅野長勲までの戦国~幕末までの安芸の歴史について語るサイトです。
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4月17日「『吉川元春とその時代展』感想」

4月17日 16日・17日拍手ありがとうございます。
4月14日 13日拍手ありがとうございます。
       「宮島・桜めぐり~清盛の経塚から豊国神社~」
4月12日 12日拍手ありがとうございます。
       「宮島・桜めぐり~多宝塔~」
4月11日 2・6・7・8・910・11日拍手ありがとうございました。
       8日の方、色々と気に入って頂けたようで嬉しいです。
       ありがとうございました。
       「宮島・桜めぐり~厳島神社編~」
4月1日  13・14・29・30日拍手ありがとうございました。
       更新ぼちぼちガンバリマス。
       「元就関連史跡ウォークラリー」

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更新記録と雑記
更新記録と雑記その2

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「吉川元春とその時代」展:感想

お天気が良いので岩国に行ってきました。
お目当ては吉川史料館で開かれている
「吉川元春とその時代」展
会期は3月16日~6月18日なのですが
行ける時にれっつらごーと行ってきました。

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天気がいいのでお城も見えます。

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土曜の雨と風で桜も散ったのかなと思ったのですが

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花の咲く時期がソメイヨシノよりも遅いしだれ桜は
まだ咲いていました。

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散った後の赤と緑と薄紅が混じるのも
なかなか風情があって私は好きです。

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散策をちらっとしてから吉川史料館へ。

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入り口にはみみずくの手水鉢が。

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上田宗箇さんから貰った手水鉢。
お返しに広家は桜を送り返しています。
今でも桜は元気です。

「元就。」が宮島編だったので
のんびりみようて出掛けたら
閉館まで1時間45分ぐらい。
まあ、余裕かなと思ったら展示内容が濃いくて
ギリギリまでいました。すみません・・・。

いや、初っ端からやっほいとテンションが上がってしまって・・・。
まずは元就さんの和歌があったんですが
「おもかげに~」の歌で、ちょうど桜の時期ですし
いいなあと思ったのと、春霞集では「俤」となっていたのが
短冊では「おも景」になっていて、微妙に表記が違うことに驚きました。
和歌の場合、平仮名や漢字は何らかの意図がある場合が多いので
小さな違いですが解釈に差が出てくるので大きな発見でした。

元春展でしたが元就さんの和歌や書状もあって
ふむふむと読み下していると結構時間が経ってしまいました。

それから興経の隠居問題の時の宿老の記録。
元春が養子相続するまでも結構ごたごたあって
5年もかかっているのですが、
寺原に籠っていた人たちがいたことから
家中でも反対派と推進派で争いがあったことが分かりました。
しかし、寺原に反対派がいたのに
興経に与谷城を隠居分に与えるのは無理なのではないかと・・・・。
寺原のすぐ奥が与谷で、その与谷にはやはり反対派の森脇さんが
立て籠っていたことが記録からわかります。
そんな反対派の一番奥の城を隠居分・・・。
ううん、それは無理だろうなあと思うのですが
反対派を大人しくさせるための条件の一つであった
と考えるとすっきりします。

まあ、興経のことは元就さんもさんざん庇って、
もうどうしようもない状態ではあったのだろうとは思います。
縁談組んでも、嫁を婚家に突き返すわ、
有田の領有を巡っていざこざ起こすわ
郡山合戦では積極的に攻めてくるわ
出雲合戦ではいの一番に寝返って
領地取り上げ&帰れなくなる危機に
叔父ちゃんが大内さんに頭下げて何とか戻ってきた状態なので・・・。

興経は元綱の姉妹の子なので、異母姉妹の子にあたり
元就さんとそこまで血のつながりは強くないのですが
異母姉妹の井原かみさまや興経の妹の八重に対する扱いから
興経に対しても肉親の情はかなり強く持っていたと思うのです。
父も母も早くに亡くし、祖父が亡くなってからは若くして当主になって
・・・と同情した元就叔父ちゃんが構い過ぎて
興経は鬱陶しく思っていたのかもしれません・・・。


それから「二宮俊実覚書」
これは陰徳太平記の元になった覚書です。
実物を見てみたかったので「おお!」と感動しました。
「陰徳太平記」は軍記物なので誇張や脚色はあるのですが
だからといって全てがでたらめというわけではなく
この「二宮俊実覚書」など古老の話を基にしているので
全てが嘘ではなく、かといって全て本当ではない。
時折、「三本の矢」は嘘だという話を聞きますが
確かに隆元はいませんでしたが元々は「束矢の訓え」が先。
庶子と隆景と輝元だったのが変化して三子になりました。
しかし、教訓状にもあるように三人の協力を説いたのは事実。
1つが違うからと言って全否定するのではなく
あわいの境界も大事だなあと思います。

あ、脱線してしまいましたがこの覚書。
大永2年生まれ、80歳近いじいちゃんにしては
色々と細かく覚えていて
「正月は別の所で過ごそうと決まっていたので
 陣を壊していたら、やっぱりこのままでと決まって・・・。」
と愚痴のようなことまで書かれていました。
文中の「殿さま」は恐らく輝元のこと。
元春が輝元に「ようやった!」と褒めた手紙
白潟衆云々とあるので、多分そこらのことかなと。

で、輝元の手紙
この子、最初は墨をたっぷりつけて堂々と見えるんですが
腰のない字なのでぐねっと曲がって見えます。
まあ読めないこともないですが
ななめ具合が結構・・・。

で、続く手紙も輝元かと思ったら隆景の書状でした。
隆景の場合は文字の大きさも整っていることが多く
墨のかすれもがさがさせずに綺麗なイメージなんですが
この手紙は最初と2行目の間の字がかなり乱れていました。
内容を見ると隆景が出雲の元春に宛てたもの
「父・元就の病状が悪化しています。」

・・・・、ああそれはさすがに筆も乱れますね。
続いて危篤状態になって家中が混乱しており、
宍戸隆家に相談したとあります。
・・・・義理の兄弟とはいえ、
隆家の事をかなり信頼していたようです。
一番年長ですし、五竜が長子であったのならば筋です。
しばらく書いていくうちに少し落ち着いてきたのか
後半は字の間隔も等間隔になり、
最後の「いざというときは覚悟している」
は決意を感じる力の籠った筆跡でした。

本物でないと分からないことがあるのだなと思いました。

それから安国寺恵瓊が織田信長と会談した時の報告書
有名な「高転びするだろう」と予言した手紙です。
義昭の帰洛問題や但馬のこと、
山中鹿之助のこと、宇喜多浦上のこと
と結構多岐にわたっています。
その中で信長を「高転びするだろう」と評しているのは
会議で何かあったのか、市中の噂で思ったのか
詳しいことは帰って述べずに、
是非とも書状に書いて欲しかったです。

そして織田と対決中の元長書状。
元長・・・。
この子の手紙面白い!!
伊勢物語の一節をちょろっと書きだしてからの本文で、
状況報告かと思ったら
「私の案は会議で不採用になりました。後から詳しく述べます」
・・・。若手が頑張って発言したけど却下されて
給湯室でよくやっている
ちょっと聞いてくれよ~せっかく俺が提案したの却下されたんだぜ。」
ですな。
結構、元長さんは最近の若いもん(?)に近い感覚の方で
戦国武将ですが、
(笑)やwwwwを手紙の中で多用
している方です。
今回も秀吉の籠る陣へ和歌を投げ入れたんですが

「あら木弓 はりまのかたへ おしよせて
     いるもいられず 引くも引かれず」

私訳
「荒木殿、
 荒い木弓のまま、弓を張る間もなく播磨の方へ押し寄せて
 射ろうにも射られないままでは 居ても居なくても意味がなく
 弓を引くにも引けないように 軍を引きあげようにも引きあげられない
 ですね。」


「なにしほふ さよの朝霧 たちこもり
        心ほそくも しかやなくらん」

私訳
「霧で有名な佐用に
 小夜の朝霧が立ち籠り
 心細くなった鹿が鳴くのでしょうよ。
 佐用の城に立ち籠ったはいいけれど
 援軍がなかなかこないことに
 山中鹿之介らは心細くなっているでしょうな。」


という和歌の下に「一笑 一笑」と書いています。
ようは(笑)やwwwです。
佐用(さよう)と小夜をかけているのは確かに上手い!
(笑)より「いいね!」したいです。
因みに佐用は上月城があった場所。
雲海には慣れている元長も
霧に用心していることとが文中にもありました。
でも、隆景叔父さんがいるから心強いとあって
すこしほんわかしました。

そして山中鹿之介の兜と絶筆と家臣宛ての手紙。
元春は鹿之介のことをかなり高く評価していて
1度捕えた時も殺さず、
2度目も殺さなかったんですが
さすがにまた便所から逃げられたら困るので
他の人が暗殺しました。
・・・・、家臣にしたかったんでしょうが
ううんまあ無理かと。

で、鹿之介の兜
三日月の前立、意外と小ぶりでした。
最近当世具足ばかり見てきたので
小さく見えたのかもしれません。

そして家臣宛ての手紙が・・・
「これからはよい主君に仕えてくれ」
鹿さん・・・。

もう一つ遺書がありました。
吉川経家の遺書
有名な鳥取城餓え殺しで城代として
腹をくくった方です。
家族あてや父親あての遺書は
どれも小さく、陣から持ち運べる大きさ・・・。
子どもたちの名前も幼名で、
まだお子さん小さかっただろうにと・・・。

そして元春が亡くなった時の手紙。
九州在陣中のため、家長の元長は
小倉に僧を呼んで葬儀の準備をしたことが分かります。
この後、自分もすぐに亡くなるとは思ってもいなかっただろうにと。

元春は元長に早く家督を譲っており
補佐する形を取っていました。
その家督を譲る時の重書目録もあり、
その中に
「この幡竿(竹は厳島のもの)で作られていて
 これは俺の親父が連勝している時に掲げていたもので
 それを貰ってから俺も大活躍できた縁起物だから
 大事にな。」(意訳)

と書いてあって、元春、やっぱり良い子やとなりました。

それから元春の肖像画も出ていました。
1枚目は江戸時代に書かれたもの。
2枚目は菩提寺に納められていたもので
2枚目の方は輪郭が元就さんそっくりです。
でも、目鼻立ちは元就さんと全然違います。
お母さん似だったのでしょうか。
やはり菩提寺のものの方が
元就さんと親子感を感じました。

それから出雲出兵中に写した太平記。
・・・・戦中なのに綺麗な字で製本されています。
よっぽど暇だったんだろうなあと。

最後に元春の和歌
「東路に 行きか不人に あらぬ身は
       いつかはこえん 逢坂の関」

(私訳)
「東へと旅立つことのできないない身の私だが
 いつかはあの有名な逢坂の関を越え
 まだ見ぬ東国へと行ってみたい。」


・・・もう少し長生きしていれば小田原攻めがあったので
念願の逢坂の関を越えることもできたろうになと思うと
胸にぐっときました。

他にも紹介できませんでしたが元春の兜や
石見銀山の鉱石標本などじっくり見ると
1時間半はかかりました。
元春展、展示数は40ぐらいでしたが
物が良いので見ごたえがありました。

今回から企画展の資料が販売されるようになったので
入り口でゲット!
ほくほくしながら帰りました。
やっぱり岩国楽しいです。

宮島・桜めぐり~清盛の経塚から豊国神社まで~

多宝塔から桜の谷間をぐるっとまわると
切りとおしに出ました。
ついでなので切りとおしの先の清盛の経塚へ。

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丁度展望台のようになっており
景色が一望できました。

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多宝塔も見えます。

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ズーム!

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とっても綺麗だったのでしばらく休憩して
今度は大聖院まで歩きました。
途中、滝の小路で古い石垣と桜を見かけました。

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苔むす石垣と桜の木。
この組み合わせが好きです。

大聖院を上がると食堂が開かれていたので
六角うどんなるものを食べました。
あなごが入っていてなかなか美味でした。
「あなごに山椒が合うんですよ。」
と外国人の僧侶?の方が薦めて下さったので
山椒をかけると確かにおいしかったです。

日帰りで出た時間も遅かったので
急いで食べたら、
「時間があまりないようですね。」
と苦笑されました。
すみません・・・。
ゆったりと生きれないんです・・・。
いらちな関西人の血が強いようで・・・・。

この大聖院は「平家物語巡りのご朱印」場所なのです。
平家ゆかりの6寺社を巡ると最終的にご朱印扇が貰えるのです!

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詳しくはこちら↓
平家物語巡り

ちなみに6社は
赤間神宮・・・下関まだ行ったことないので今年中には!
須磨寺・・・去年行ったばっかりじゃけどまあ明石にでも寄るか。
屋島寺・・・ううん、あそこは車ないときつい。またうどん巡りするかな。
六萬寺・・・高松から結構あるなあ。ついでに友達んち寄るかな。
大聖院・・・ゲット!
厳島神社・・最後にとっとこう!!
という計画です。

大聖院は大天使ミカエル像があったり
摩尼車があったり胎内めぐりあったり
古刹なのに色々と仏教の懐の深さを感じられる
お寺のテーマパーク感が好きなのですが
ここも桜が綺麗でした。

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滝の小路から紅葉谷へ向かい、
途中のお茶屋さんへ。
ここは桜の時期絶景なのです。

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お抹茶を飲みつつ、桜を眼下にちょっと休憩。

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千畳閣のあたりも綺麗そうです。

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さて、うどんと紅葉饅頭1個ぐらいじゃ腹が減ってしょうがないので
下界にて何か食べよう!
かきグラタンが食べたいなあと喫茶店がある場所へ行ったんですが
さすがに今の時期はグラタンがない・・・。
しょうがないのでぐるっとまわりを巡りました。

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御手洗川沿いの桜も綺麗です。

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桜と鹿。宮島らしいなあと。

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グラタンないのでかきのクリームコロッケでも食べようと
商店街方面へ戻ります。

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外から見る神社もいいなあと。
少し先にしだれ桜が

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赤みが強すぎましたね・・・。
中華風に見える・・・。
これでどうじゃ!

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そういえば千畳閣のあたりも桜が綺麗だったなあと
階段をとことこ上がります。

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千畳閣は豊国神社、ようは秀吉の神社ですが
なぜか加藤清正もいます。
ここの建物はとても気持ちがよくて
ついつい長居してしまいました。

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この廊下の下はくぐれます。

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落ちつく暗さ。
静寂感が好きです。

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周りを見ているとひと際桜が固まっている場所が・・・。

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後で行ってみよう!
床のしゃもじを探し、堪能したので外で五重塔の周りをぐるぐる。

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塔の岡の看板

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ここから坂を上がります。
途中の小さな路地の先に桜が。

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道なりに行くと公園に着きました。

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誓信さんの記念碑の公園のようです。
ここも見ごろで、皆さんお花見をされていました。

ここからも五重塔が見えます。

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カメラ機能を変えると別景色・・・。

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同じく2種類

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このアングル好きです。
下に枝が張る桜の木。

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今回カメラ替えたので色々と試し撮りできました。
機能も色々あるので使いこなせるようにしたいと思います。
面白い機能もあってこんな風に景色をガラス玉に閉じ込めることも

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最後に私の好きな景色

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手が!手が!
おっちゃーん!!!


宮島・桜めぐり~多宝塔~

宮島八景というのがありまして
桜は大元浦と詠まれているのですが
大元浦までちょっと遠いのでたちまち多宝塔へ。

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細い道の上に桜の木が生えています。
本当はこの奥に樹齢数百年の大きな楠木があったのですが
これも残念ながら枯れて切り株だけ残っています・・・。

階段の途中から見た厳島神社。

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谷間にも桜がたくさん。

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多宝塔が見えました!

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階段の両側も桜並木が続きます。

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多宝塔到着。
皆さんお花見されてました。

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この多宝塔の丘から見る神社もなかなか綺麗なのです。

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今度は多宝塔から水族館へ続く道を歩きました。
海に浮かぶ鳥居が桜の花越しに見えます。

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五重塔も見えました。

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満開。

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ぐるっと周ってもまだ桜が続いています。

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多宝塔が見えてきました。

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前:厳島神社

次:清盛の経塚から千畳閣まで

宮島・桜めぐり~厳島神社編~

桜が咲いたので宮島へ行ってきました。
新調したカメラでばしばし景色を撮ってきました。

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人で混雑するフェリーを降りると
さっそく桜が!
神社周辺よりも山際に桜が多いのですが
まずはきちんと参拝をと一路神社へ。

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ううん、大分潮が引いています。
宮島に行く時には潮汐表をみて出掛けます。
宮島観光協会のHPで調べれるのですが
あいにく、中潮・14時干潮・・・。
どうせなら満潮の宮島も見たかったのですが
雨の予報が曇りになっただけよし!です。

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神社の奥の多宝塔のほうに桜がたくさん咲いています。

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・・・すごい人がおる。

神社の入り口もすごい人でした。
拝観券を買うのに数十人並んでいます。
観光シーズンだからかなあと進もうとすると
入口がない!!

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工事中のようでう回路ができていました。
まあ、これはこれで普段は見れない客社の真横を
じっくり見ることが出来ました。

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客社は私が好きなところでつい何枚もぱちぱちと
写真を撮ってしまいました。

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それからこの先の回廊。
ここもお気に入りスポットです。

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そして石垣チェック!!
奥の石垣、横に積んであるのと大きい石がぽんとある。
石突きのものどもさん達の仕事です。

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宮島は、石垣チェックも意外と楽しい場所です。
千畳閣のところなどは豊臣式なんだろうなあと
巨大な石垣見るたびに思います。

それから松・・・・。

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平家物語にあるのですが
鬼界ヶ島に流された人が詠んだ和歌を書いた卒塔婆が
この石に流れ着き、清盛の耳に入ったので恩赦され
後に感謝のしるしに植えた大きな松があったのですが
最近、枯れたので跡には小さな松が植えられています。

白無垢の方がいらっしゃる・・・。

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結婚式でもあったようです。

恒例の毛利家家紋チェック!

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最近はここらにあることが多いです。

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平舞台からの眺め

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背景ぼかしで棚守さんをかっこよく!!!
天文15年がはっきり見えます。

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お参りをきちんとしておみくじを引きました。
がんばれ!!良くなるから!と言われたので
何だか嬉しくなりました。

裏手に回ると桜が見えます。

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隠し通路のような回廊を通って
隆元の作った天神社へ。

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そして隆元&元就さんの寄進した反橋。

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「こんなの渡ったらすべるで。」
と関西弁が聞こえてきましたが
大丈夫です。
渡られる時には階段つきますんで。
オプションありますからと心でつっこみ。

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桜に朱の回廊。
いい感じでした。

さて、次は多宝塔へ!
プロフィール

トロロヅキ

Author:トロロヅキ
主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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