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赤穂城と大石神社

昨日はじいちゃんに会いに兵庫へ出かけました。
久々に碁をじいちゃんと打ったのですが
10目の差がついて、まだまだ精進せねば!
とほっぽりだしてる碁の勉強もせんといけんなとしみじみ思っとります。
あと、じいちゃんから家系について調べた資料を
譲ってもらおうとしたんですが
もう私の名さえ出てこない状況だったので無理でした。
じいちゃんちによってざっと見たんですが見当たらず、
せっかく調べたのにと悔やんでおります。

で、帰りに父が赤穂へ寄ってくれました。

PC290107.jpg

本当は赤穂御崎から行くと近いんですが
国道2号線から向かいます。
道は千種(ちぐさ)川に沿っていくのですが
この川が広くてとてもきれいでした。
しかし、上流の佐用町で起きた水害のせいか
あれから2年は経つのに、川沿いに時々豪雨の跡がありました。
道を走らせる事20分、ようやく赤穂が見えました。

PC290108.jpg

そのまま市街へ向けて走ると
至るところに忠臣蔵の名が。
そして着いたのが赤穂城です。

PC290110.jpg

PC290111.jpg

大手門と城壁は復元されているのですが
中は公園と大石神社、歴史博物館になっています。
ここからは車で入れないので
ぐるっと回って神社の駐車場へ。
5時で閉門なのに着いたのは4時55分。
大慌てで参拝しました。

PC290112.jpg

大願成就の旗と47士の像が迎えてくれます。
そこを猛ダッシュしていざ門へ!

PC290116.jpg

討ち入りから今年で満310年!
とでかでか書いてありました。
兵庫の人間にとって赤穂浪士はパッと出てくる
歴史上有名な人物たちですし、
討ち入りの日も覚えている人が多いようです。
一昨日、兵庫と佐賀、生粋の広島の4人でお茶会した時に
兵庫の先輩はすぐに赤穂浪士の話に食いついてきました。
でも、本来本家の広島のお姉さまは「ああそいえば」
という感じでした。
以前の大石さんの子孫とか、
47士唯一の生き残りが生涯を終えた場所なので
広島は物凄く関係深いのですが
「浅野さん?余所から来た殿さまじゃけぇねぇ。
 あんまし・・・。」
が広島の基本スタンスなんですよね・・・・。
(大願成就の看板に東洋カープ応援団の名をみつけたのは意外でしたが・・・)
なので神社の門に大きくあった浅野家の紋を
珍しいなあと思って見ていました。
広島でちょっとした風景で見かける紋としては
地元は高校生が身につけている武田菱が圧倒的に多く、
三原辺りは小早川氏の紋が多いし、
毛利氏関連が強く残っているところは一文字三星なので
浅野の二つ違いの鷲の羽紋はまず見ません。
まあ家ごとに紋つきを着て勢ぞろいした場合、
平家揚羽の紋がダントツで多いと思いますが。

PC290118.jpg

まあそれはさておき、
神社で参拝し、おみくじを引いて帰りました。
とはいえ、おみくじってどこで引いても
時期が近接していると同じ結果が出るので
引く前から結果は分かっていたんですが・・・。
やはりここ最近ひいたおみくじと同じ内容でした。

花は枯れてやがて実をつける。
その日の訪れを心待ちに新しい年を迎えたいと思います。
それでは皆さまよいお年を!
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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