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じいさまと呼ばれた戦国武将

戦国一の家庭人と言われる元就ですが、
彼の家族内での呼ばれ方が手紙にいくつか残っています。
まず隆元から輝元へ宛てた手紙として
毛利家文書604号に
「幸鶴殿 申給へ
 
 それのひもなおしの事、申上を候
 ちいさまへ申し候て、御おひ御給候する事、
 めてたかるへく候、くはしくかもしへ申しまいらせ候
 めてたく御さうまち申候、恐恐謹言。」

という手紙があります。
ざっといえば息子の輝元(幼名・幸鶴丸)の紐直しという
今で言う七・五・三の行事なんですが
この儀式を行えるようになってめでたいという手紙です。
まず文中の赤字ですが、
「ちいさま」と書いて「じいさま」と読みます。
今だったらテストにこう書こうものなら×ですが、
昔は割と平仮名を自由に使っていたんだなと思います。
で、この「じいさま」は輝元からみた祖父、
つまり元就の事です。
また、太字の「かもじ」はお母さん。
輝元の母・尾崎局で、この書状から
じいさま=元就
かもじ=尾崎局
と家族内で呼びあっていたのが分かります。

ただ、これはあくまで書状なので文語と口語だと
違いますし、嫁の尾崎局が元就の事を果たして
「じいさま」と呼んでいたのか?
という疑問が残ったので尾崎局の書状を調べてみました。

毛利家文書巻4 1326号
「末書き この文書は元亀2年のものならん

くだされ候べく候、うちのたのみ申し候、
 申までは候はねども、申す事にて候
 御悦かさねがさね申し候べき候

 さてもさてもちいさまの事、御年寄りとは申しながら
 かようにふいの事とは思いそうらはぬに
 不思議に御隠れ候て、なかなか力おとし、申すもおろかにて候。
 をなく御事に、さぞさぞと、御しん中おしはかりそうろう
 てるもとの御事、ひとへにそれさまと、たか景さまとたのみ申候、
 おやに御なり候て、御ちからにも御なり候て

 もとはる様 人々 申給へ
                  つほね」

(以下私訳)
「どうかどうかお頼み申します。
 わざわざ申さなくてもとも思いますが
 申して置きたい事なのです。
 どうかどうか目を通して下さい。

 じい様の事ですが、もうお年だとは分かってはいたのですが
 このように予期せずにお亡くなりになり、私もがっくりときております。
 嫁である私がわざわざ申さずとも、じい様が亡くなられたことで
 息子である貴方様もさぞ悲しみに満ちているでしょう。
 その心中をお察し申します。
 輝元の後見ですが、ひとへに貴方様と隆景様のお二人にお頼み申します。
 どうか輝元の親代わりとなって、お力をお貸し下さい。

 元春様へ  局」

この手紙は元就が亡くなった頃に元春に宛てて書かれた手紙で
ここでも「ちいさま」=「じいさま」と出てくる事から
嫁の尾崎局も元就をじいさまと呼んでいた事が分かります。
また、元春に宛てた手紙であるにも関わらず
じいさまと書いている事から、どうも一族中で
元就をじい様と呼んでいたフシがあります。

よく家族内の呼び方は
一番年下に合わせて変わりますが
この場合同居している長男一家に孫が生まれて
それ以降元就=じいさまと皆が呼ぶようになったのかもしれません。

知り合いに
「私は絶対おばあちゃんと呼ばれたくないわ!」
と孫に某有名女優の名で呼ぶように教え込んだ方や
おばあちゃんは嫌だけどあーちゃんならいいと言わせている方など
女性は割とおばあちゃん呼びを嫌いますが
そういえば肉親からおじいちゃんと呼ばれるのに抵抗している方って
あまり聞いたことないです。
案外、じいさまと呼ばれる事は嬉しかったんじゃないかなと
ふと思いました。
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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