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春霞集もとい毛利元就詠草集・連歌の部・解説その12

「暮れかかる日もうす雪の野を遠み
 
 宿かり衣袖そ寒けき

 すなをなる玉句なり。」

「暮れかかる 日もうす雪の 野を遠見
          宿かり衣 袖ぞ寒けき」
歌意
「重たい冬の雲に覆い隠された太陽も傾いて
 薄く雪が降りかかっている野原が遠くまで広がっている。
 そんな景色のせいか、旅先で借りた狩衣の袖は
 大きさが合っていないのと家ではない心細さもあって、
 寒いなあ。」
批評
「前の句に素直に付けられた素敵な句ですね。」


灰色の雲が空を覆い、
どんよりとした中。
小雪が舞ったり止んだりしていて
かろうじて薄日はさしているんだけど
それも西へ沈みかけて
ますます光が弱弱しくみえる。
天気が悪い冬の日の典型ですね。
その陰気な雪空の下、
冬枯れした草の上にうっすら雪が積もっている。
そんな気の滅入るような野原が
ずっと遠くまで続いている。

一応室内のようですが
さぞかし寒い事でしょう。

ではその冬の暮れをどこから見ているのか?
「宿かり衣」とありますが
「宿」には屋敷という意味もあって、宿やという意味だけではありません。
また、「かり衣」は「狩衣」の和歌での読みかたで「袖」につながる枕詞です。
よって宿で衣を借りたという意味ではなく
自分の屋敷で狩衣を着たとも考えられます。

しかし、宿のあとに「かり」が来ているのは
「借り」と「狩」のかけ言葉が考えられるので
ここはやはり「宿で借りた狩衣」と素直に読めばいいのではないかなあと思いました。
よって、袖が寒いのは
宿で借りたためにサイズがあっていないのと
異郷で寂しい冬景色に心がめげたためなのではないかなあと思います。

冬の山陰の温泉宿に泊ると大抵そんな気持ちになります。
ちょっとしんみりして冬の寒さを体だけでなく心も感じます。

「うかれからすの雲になく聲

 さゆるよのあらしのうへに月落て
 
 あらしの上にもなき詞なるに。
 月落てなとゆへあるへきにこそ。言語の及へからむや」

「冴ゆる夜の 嵐の上に月落ちて
     浮かれ鴉の 雲に鳴く声」
歌意
「この嵐の上では、煌々と冴えるような月が出ていて
 月影を雲に落としている夜空が広がっているのだろう。
 だからなんだろうなあ、
 嵐だというのにはるか上空の月の美しさと眩しさに浮かれ、
 ねぐらに帰らずに騒いでいる声が雲の上から聞こえるのは。」
批評
「嵐の上という言葉も存在しない詞なのに
 更にそこに月が落ちるという詞を使っています。
 どうしてこんな言葉を使ったのか私には考えも及ばないことですが
 何か理由があったのかもしれませんね。」


おお、これまたいい歌ですね。
よく飛行機で空を飛ぶと雲の上を月が煌々とさしていることがありますが
雲の下はこの月の光が見えないんだろうなあと思うことがあります。
今回はその逆で、雲の下は嵐だけど、上は晴れていて
だから浮かれた鴉達がないているのだろうなあという歌です。

ただ、この歌は現代人の我々だからあまり違和感はないのですが
この歌が詠まれたのは500年前。
あまり科学が発達していない時代に
嵐でも上空は晴れていると理解しているのはかなり稀でしょう。
小倉百人一首で「雲のいづこに月宿るらん」と詠まれたように
雲が出たらお日様やお月さまは雲で休んでいると思われていたり、
雨が降ると天の川も増水して渡れないと信じられていた時代。
里村さんが「言語の及ぶべからむや」というのも無理はないのです。
おそらくこの時代の考えとしては
雲と月や太陽は同じ高さに存在するものだったと思われます。
なので、この歌の情景を里村さんは浮かべることができなかったのではないかと思います。
逆に私達は雲の上の景色を想像することができます。
写真や飛行機に乗ることで雲の上を見ることができるからです。
では、なぜ元就さんが現代人に近い知識を持っていたのか?
元就さんの住んでいた県北は霧海が発生します。
大河の毛利元就のオープニングで最初に流れていたあんな感じで
冴えた秋の朝に白い霧の海に山が島の様に綺麗に浮かぶのです。
なので、霧海の発生する地方に生まれ育ったから
どんな天気でも雲の上に行けば晴れた空が広がっている
と経験で知っていたからこういう歌を詠めたのではないかなあと思います。

あ、で歌の解説ですが
まず先の人の句。
「うかれからすの雲になく聲」
浮かれ鴉とは月に浮かれてねぐらに帰らずに鳴く鴉・・・。
って、今さっき本当に鴉が鳴いてびっくりしました。
今日の月は大分満ちていたから
鴉もあまりの眩しさに目を覚ましたんでしょうか。
まあ満月は読書しようと思えばできるほど明るいので
起きたのかなあと思います。

さて、元就さんはこの前の人の句に
「冴える夜の嵐の上に月落ちて」
としています。
嵐の上にとあるのでこれは雲の上の事。
月が落ちるとあるので
これは月が雲に落ちたとも訳せますし
月の光が落ちたとも考えられます。
恐らく当時の感覚で考えるなら
嵐の時はそもそも空に月はでていないか
雲の中で休んでいると思うと思いますが、
元就さんは朝駆けが得意だったので
霧の海に落ちる月の光を見ているでしょう。
なので、嵐でも上空は冴えて雲の上に月の光が落ちている。
という景色を詠みたかったのではないかなあと思いました。

自分は嵐の下にいるのに
はるか雲の上の空は冴えた月夜。
そう考えられるのってなかなか現代人でも
思いつかないのに想像力が豊かだなあと思います。


解説その11

解説その13
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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