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毛利家文書662号~援軍なんか誰が出すか!父さんを守る!~

私訳
「この2通の手紙は読んだら返して下さい。

 また江良房秀は此処から得佐へ加勢するとこの事。
 前々から江良と一緒に行くべきだと申していらっしゃるが
 ここには城番しかおらず、今から集合するように言ったとしても
 そんなに早くは皆も登城できないと思うし
 江良と一緒に行くのは難しいだろうと思うので
 加勢の人数を早く決めてから得佐へ下ると言った。
 そのためにこの書状を出したので、児玉をすぐに吉田へ遣わせたのだ。

 この間、父上の居る”カサ”であなたが私と児玉三郎左衛門(就忠)に聞いた
 来春晴賢に加勢をどうするのかという事であるが
 一旦合流して一緒に戦うという事ができないのは
 時間的にもう無理だとあちらもこちらも分かっている。

 だから父・元就に軍を率いて合流せよと言ってきたが
 今更私達がどうして行かないといけないのか、
 絶対にそんなことをする必要はない。
 
 どうしてかというと、
 晴賢はあんなことをしたのだから考えることなどたかが知れている
 吉見などは大内家へ一途に忠誠を誓っているだから
 すなわち称えられ、領地も返還されるようなことになれば
 これを機会にいっそう、今後の当家と防州の関係について
 今のまま陶の命令に従っていくのか、
 どうすれば最善なのかを考えるべきではないのだろうか。
 
 万一、晴賢が裏切り、大内家で一番の権力者に登りつめたことで
 忠義も不義も知ることかと思って、
 父・元就より他に警戒すべきものはいないと思われて、
 そのまま人質にでも取られることがあれば
 もう我が家は滅びたようなものだ。
 だから父上が何と言おうと
 そんな過ちが起こらないようにしなければならない。

 だから、父・元就が陶軍に合流するかどうかというのは
 我が家が生きるか滅びるかの2つしか選択できないのであり
 そう軽々しくと決められることではないのだ。
 
 と私は言っているのだが、
 父上は年が改まったらすぐにでも陶方に助勢を急ぎ行うつもりで
 そんなことは私はして欲しくはないのだ。
 内密に親子2人の時にも説得したのだがその考えは変わらず
 皆にもそう仰っていることもあり、
 どうしたらよいのか相談したいのだ。
 父上を論破できるような案を考えてきてほしい。

 父・元就ははぁ~、たちまち一回でも陶軍に合流すればいいんじゃろ?
 とばっかり言っているが、私は賛成しない。
 というか絶対賛成したくない。
 貴方であれば、私の思いを汲み取ってくれると思っているのだが
 どうだろうか。

その1
 一回でも悪いことが上手くいったとなれば味をしめるもので
 それは根深く心に巣食っているだろうから
 まあ今はとりあえず陶に従うべきだと父・元就がそうやって陶に従っていても
 人の心の内側などそうそう簡単に変わるものではないのだから
 悪い事をする人間の心はどんなに取りつくろうと悪いままである。
 晴賢についていえば、先の御屋形様、大内義隆公の報いを受けるべきなのだ。
 なんだかんだと言い訳しようと、
 御屋形様を殺したのは悪い心を持っていないとできることではない。 
 そんな奴の所へ今更援軍にかけつけて、相手の機嫌を損ねてしまっては
 きっとよくないことになるだろうということは
 わざわざ言うまでもないだろう。
 
その2
 もし、この援軍要請に、父・元就が向かわないということを
 何でそんなことになった、数が足りないじゃないかと
 陶方が思って援軍を催促してくるだろうということは予想できる。
 最近。こちらとあちらの関係が悪くなっているのはよく分かっている。
 だからといって晴賢に、家が滅びるかもしれないのに、援軍を出すことはない。
 屋形の大内義長に立てついてでも我が家の存続を選ぶ。
 父・元就の安全が確認できないのに
 陶方への援軍派遣に父・元就を向かわせることなど
 絶対にありえないことだから
 どうしたら分かってもらえるのか、精一杯考えては下さらないか。

その3
 父でなく、私と元春が援軍に出かければよいのではないだろうか。
 そうなれば、まず名代を遣わして、どうにか遅れた理由を取りつくろって
 加勢したことにする以外に今のところ考えがない。
 他にいい考えが何かないか、相談したいのだ。
 おおまかなことではいけないから詳しいことは
 また急いで決めて話し合おう。

 天文22年12月24日

 隆元

 元澄」


この手紙の感想ですが
隆元、相当陶晴賢の事を嫌ってますね。
援軍さえ出したくないようです。
山口で一年過ごした時に陶の名前はよく出てきており
年も近いので顔見知りというよりも親しい仲だったのかもしれません。
友の様に思っていたからこそ、大寧寺の変を起こしたこと
それに強い不満を抱いていたのでしょう。
また、陶氏が尼子氏との最前線に置いていた江良氏や毛利氏に助勢を願うことから
大内家の家来衆に援軍を頼めなかったのではないかと思われます。
もしくは兵を下手に集めたらそのまま吉見氏に味方して大変になるかもしれない。
それだけ陶晴賢や大内義長に求心力がなかったと考えられます。

よって陶氏は毛利氏の当主・隆元と隠居した元就なら
味方になるだろうと加勢を要請したようですが、
隆元はすぐには兵を集められないからと断ってます。
そもそも「などとして」援軍を今更出す必要があるのか
とかなり強く援軍を送ることを否定しています。

続くその理由が少し訳に自信がないのですが
「その故は、晴賢存分然るべく候て、
 吉見邊一途候はば、すなわち褒美候て
 返し上せられ候へば、なにより以て一段
 向後まで当家防州の間然るべし儀たるべく候か」

の「存分然るべき候て」を
「存分=思っている事・思うまま」
「然るべき=そうであるべき・ふさわしい」
「一途=一つの方法」と訳すと
「晴賢の言うままに吉見攻めにいくのも一つの手で~」
となるのですが、その後の「褒美候」と「返し上げせられ」が謎で
結局隆元さんの他の文面の「晴賢許さん!」的なことから
吉見攻めをして誉められるという繋ぎはないなあと今の訳にしました。
それに後に自分の娘を吉見氏に嫁がせたことを考えると
「ようやった吉見さん!」
と誉めたいのは隆元なのかなと思うと
上の様な訳のほうが意味が通ると思います。


続き、援軍をしない一番の理由。
「万一父さんを人質にでも取られたら我が家はお終いだ!!」
・・・ああうん。
もし父親を人質に取られたら伊達政宗の様に
「鉄砲で敵ごと討て!」と命じる事は絶対できないでしょうね、隆元。
だから父さんが援軍に行くかどうかは
「善か悪かの2極論だ!!」
とかなり熱く語っています。

ただ、この熱い思いは父さんにはなかなか伝わっていないようで
「正月明け、もしくは春には援軍へ是非行きたい」
と元就さんはかたくなに思っていて、もうどうやって説得しようかと
困った隆元は元澄に相談したようです。

そして続く隆元の心の内。
まずは晴賢。
「先の御屋形の報いあるべき!」
と深く恨んでます。
お前なんか天罰が当たってしまえ
と温和な隆元にしてはかなりきつい口調です。
そして、あんな悪い事をするような奴が次にしそうなこと・・・。
「あんなことをするなんて心が腐っているに違いない!
 絶対また何か悪い事をする!
 はッ!次はまさか父上!?」

と自身の中で考えられる中で
最悪のことが浮かんだんだろうなあと思われます。

実際この前後で厳島神社の神官・棚守さんから
陶軍がどうもあやしい動きをしているようだと忠告があり、
隆元の抱く危機感は強くなったのだろうと思います。

だから援軍は絶対出したくない。
何なら屋形の大内晴英に逆らう!

父を守るためにはなんだってする!
という強い決意が伺えます。

その1その2と書くうちに筆がのってきたのか
本心をありのままに書いていますが
その3の所は少し冷静になって
もし陶がどうしても援軍をとなれば
というかなるだろうから、
その時は私と元春でいいのではないか。
と妥協案を提案しています。
ここで隆景が出てこないのは石見は元春。
というか戦に出るなら元春の方が上だと分かっていたので
名前を出したのかなあと思います。


さて、2人の話し合いの結果が次の手紙になります。
続きです。
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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