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+竹原+…小早川氏『木村城』~登城編~

そうだ!京都へ行こう。
は無理だったので、安芸の小京都竹原に行く事にしました。
竹原では今、ミステリーマップをしていて
謎解き街歩きが楽しめるのです。

それから竹原といえば河野通直の終焉の地。
彼のお墓参りとついでに小早川氏関連で
何か史跡でもないかなと脇坂先生と小津先生の共著
「百聞よりも一見 探訪・広島県の考古学」
をぱらぱらめくるとありました。
木村城跡。
近くには小早川氏の墓所とか屋敷跡もあるようなので
よし!まずはここから行こう!
とルート検索をしました。

土日なら呉線に乗ると観光用のオーシャンビュー列車になるのですが、
平日だったので広島~竹原間高速バス「かぐや姫号」で行く事にしました。
第一目的地の木村城は「小早川神社」バス停下車が城の真ん前で
便利なようです。
・・・「小早川神社」なんて分かりやすいんだ。
絶対に降り間違いようのないバス停の名前をインプットして
バスセンターにアトムで行きました。
バスは5番乗り場。
竹原=たまゆらなので「痛バスラッピングバス」が来るかな~と
期待していたんですが、普通のかぐや姫でした。
残念です・・・。

都市高速1号を経由して山陽道は河内インターで降りました。
竹原って空港に近いんだと驚いていると
バスは山道へ・・・。
ええ?ここほんまにバス通るん?
という昔ながらの山越えの道を抜けると2号線にぶち当たりました。
木村城はこの2号線を越えたあたりのはず・・・。
新庄の交差点を過ぎて2つ目のバス停が「小早川神社」です。

バスを降りると・・・・

PA281784.jpg

おお!本当に小早川神社ってある!!

と妙にテンションあがりました。
久留米の小早川神社でも名前見ただけでテンションあがりましたが
こちらは隆景さん!
元清さん風にいえば「景様」です。
よっし!城跡登ったら探索しよう!
と意気揚々と横を見ると

木村城跡

バス停のすぐ横にこれまた親切な看板が。
「木村城跡(県史跡)
 新庄町城の本

 沼田小早川茂平の四男、政景が正嘉2(1258)年
 都宇、竹原庄の地頭職を得て入部し、この城に拠った。
 天文10(1541)年、武田氏(尼子方)の佐東銀山城を
 元就と共に攻めていた竹原の興景が陣中で病没した。
 興景の夫人が元就のめい(元就の兄、興元の娘)であった縁で
 毛利元就3男隆景が天文13年(12才)竹原小早川家を相続し木村城へ入った。
 さらに天文20年、沼田小早川家を相続して高山城に移った。
 城跡は標高150mの丘陵上に、本丸、二の丸、三の丸に相当する曲輪のほか
 何段かの曲輪があり、見事な石組井戸が残る。
 北端に若宮社の跡が残っているが城の守護神であろう。
 室町時代の文書には
 「この居城は、だれがなんといってもけっしてはずされてはならない。
  月に5度ずつ大勢の人夫で築城させよ。塀も櫓も割り当てて修理させよ」
 と記されている。」
(看板説明より)

月に5度といったら1週間に1~2回。
割と頻繁に手入れをしていたようです。
とりあえず、本によれば、城の登り口は
この脇道をぐるっと東に回り込んだ所らしいので
てくてく坂道を上がっていきます。

PA281786.jpg

道と城の間にはずっと川が流れています。
不自然なまでに山際に沿っていて、
堀代わりに使用していたのか
堀として掘ったのかはわかりませんが
1mのほぼ同じ幅で続いています。

ぐるっと山裾を廻ると

PA281788.jpg

山のなかほどに不自然なくぼみがあり
竪掘っぽい地形に見えます。
あそこから登れそうですが
登り口は駐車場からとなっているので
もう少し上がりました。

PA281789.jpg

あ、看板がある。
と近寄ると木村城の説明看板でした。

kimurajyouato2.jpg

説明は先ほどとほぼ同じ。
なのですっ飛ばします。
城の縄張り図も詳しいのが本に載っているからスル―ですが
看板の写真は撮っときました。

kimurajyozu.jpg

さきほど不自然に感じた崩れた場所は
やはり竪堀のようです。
それと、東と南側に竪掘が多く、
北西側にない。
北は先ほどの急な斜面と堀があるから竪掘なしでもオッケーだったのかもしれません。
西側は居館があった方面なので守りは弱いのでしょう。
なので、南と東の敵を警戒していたのでしょう。
看板説明によると、東南にのびる道を行くと
年貢の積み出しをしていた宮原などの港に続いていたようなので
尾根伝いに賊や敵が攻めてくるのを警戒していたのかもしれません。
説明も読んで

さて、登るか!


とぬかるむ農場の道を山に上がっていくと
細い道が続いています。
通るのにようやっとだったので写真は撮れなかったんですが、
途中、沢のところでは地面がかなりえぐれており
長い年月の間に土が削られて、元あった武者走りが
かなり細くなっているのではないかと思いました。

上を見上げると
kimurajyouato3.jpg
左側の斜面が少し盛り上がっていて
竪掘のような不自然な地形です。
人、一人がようやっとの道で片側は崖に近く
更に竪掘まで・・・。
結構厳重です。

帰り降りるのが怖いなあと
上がっていくと急に景色が開けました。

馬の段から旧・小早川神社跡地
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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