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「コシヒカリを創った男」感想

安芸高田市の歴史民俗博物館で
「コシヒカリを創った男」という講座がありました。
講師は前重道雅先生。
農協で研究者として過ごされた方です。

コシヒカリといえば
誰もが聞いたことのあるお米。
ですが、誰が最初に作ったのかと言われると
皆知っていない。
コシヒカリは作付けされている米の種類では
40パーセントもの割合を40年間も維持している
人気の高い品種。
「ゆめぴりか」「ななつぼし」
などの名のあるお米の種類でさえ
普通は10パーセント未満。
コシヒカリを超える米を創ろうと今までずっと
努力してきたのにも関わらず、
コシヒカリを超える苗はなかなかできないそうです。

このコシヒカリを創ったのは
安芸高田市川根の出身の高橋浩之。
ですが、地元の人はおろか、
長らく米の研究に携わっていた先生も知らなかったそうで
「げいびぶっく」という地元の農業誌に
富山県からコシヒカリを創った高橋さんの墓参りにきた
という記事を見るまで御存知なかったそうです。

越の国に行けば、
育てにくいコシヒカリを見捨てずに
ここまで大規模に世に広めた人々については
顕彰碑があったり、N○Kで特番組まれたりと
脚光を浴びているのに、
その最初の苗を創った高橋さんのことは
誰も知らず、歴史の埋没している。
それが惜しい!!
と先生は力説されていました。

だから、高橋さんのことをもっと世に知ってもらうために
様々な事を提案されていました。
特に廃止になりそうな三江線
高橋さんのお墓と生家はこの三江線のすぐ側にあり
ここで顕彰会や全国のコシヒカリ生産者で
米の作付けをしたりすれば
三江線の活性化にもつながるのではないか。
等など、地域起こしも兼ねてもっと彼の事を知ってほしいと
大変熱心に説かれていました。

高橋浩之さんは、
明治41年、旧高宮郡川根で生まれます。
代々医者の家に生まれ、兄達と同じく勉学に励みますが
医者には向いていないと農学の道を目指します。
九州大学を卒業した後、唯一、推薦で農林省に採用。
埼玉県の試験場に務め、
その後、新潟の試験場に移動します。

高橋さんは、野球中に膵臓が破裂していたため、
兵役を免除され、戦争中は稲の交配にずっと取り組みました。
戦時中なので、職員は徴兵されており、
女学生の助けを借りながら一人で育種をつづける中で
出来たのが、コシヒカリの苗なんだそうです。

育種というのは、
ただ、人工交配で新しいものを創るのではなく
今ある課題やニーズから、
10年後にどんな稲が求められるかを考えて作るもの。
例えば、今、広島の場合は温暖化に向けて
暑くなっても対応できる稲と
広島県の特産の酒米を更に進化させるのを目標に
稲の開発に取り組んでいるんだそうです。

なぜ、1つの品種を作るのに10年もかかるのかというと

1年目、交配
2~3年目、種子を増やす
4~5年目、個体を選抜
6~9年目、収穫量や味など品種の優良性を決定
10年目、どういう土地に向いているか適地を決定

と、1株からできた種を増やすにも、
どんなに早くても年に2回しかできないので
10年もかかるんだそうです。

特に、最初の交配を人工的に行うためには
雄花を枯らし、雌花だけを残さなければいけません。
稲は雌雄が株ごとに分かれていないので
雄花だけを枯らすには、43℃のお湯に1つ1つ
漬けていかなければいけないそうです。
生物界において雄は大概弱いので
43℃のお湯につけるとオスだけだめになるそうです。

で、種子親に花粉親を掛け合わせて
目標にあった品種を作り出します。
コシヒカリは元々、
母が「農林22号」という遅めの稲で
父が「農林1号」という早くできる稲。

当時は戦時中ですので、食糧増産が目標に
作られたのではないかと仰ってでした。

こうして掛け合わせても1株から100種しかできません。
今度はこの100種を圃場で育成し、
病虫害や育成状況を日々観察。
秋になったら調査室で脱粒や味を確かめるなど
ひたすら地道で大変な作業が続くそうです。

1944年7月末
高橋さんはコシヒカリの元になる雑種を交配しますが
戦況悪化のため、育種は見送られます。
1945年8月
空襲で資料を焼失。
交配資料が無くなりました。
そして翌年1946年11月末に埼玉へ再び転勤することになり
育種は後輩達に任されます。

こうして高橋さんが戦争中頑張って作った種もみは
味がとてもよいものでした。
米の良味はアミロースの含有量に関わります。
高すぎると外国のお米の様にぱさぱさしておいしくない。
低すぎるともち米のようにねばねば。
コシヒカリは日本人がおいしいと思う
アミロース含有量17~19パーセントぴったり!!
なので、おいしく感じるそうです。
が、難点として、倒れやすく、病気にかかりやすい。
ので、色々と試行して同じアミロース含有量で
もっと育てやすい稲を作っても
コシヒカリの味に及ばないんだそうです。
なので、アミロース含有量以外の何か別の物も
コシヒカリの味に関係しているのかもしれないそうです。

もっとも、コシヒカリの親から考えると
どうも味の良さは偶発的なもの。
本当はたくさんできるけど遅い稲を
早くたくさんできる稲にしたかったようですが
この稲の雑種は味の良さを武器に
今や全国に広がるようになりました。

今や日本人の米として代表的なコシヒカリ。
このコシヒカリを一番最初に作った高橋さんのことを
もっと知ってほしい。
たった1つの新種を作るために、
毎日2万ヘクタールもの圃場を見回って
1つ1つ管理してきたその苦労を知ってほしい。

だから町をあげて、彼の事を知ってもらうために
顕彰碑だけでなく、
コシヒカリの生産者で彼の生家に集うとか
何かそういう取り組みをしてもらいたい。
と切に願っていらっしゃいました。

・・・・先生は高橋さんの事績が、
戦争で資料も焼けたこともあり
あまり公で取り上げられることがなく
非常に惜しいと何度も仰られてましたが・・・。

・・、高橋さん。
それも江戸時代からの医者の家系ということは
そこそこの分限者・・・。
美土里から北へ逃げたらギリギリの国境が
川根の辺り・・・。
下手したら高橋本家筋かもしれないなあと・・・。。
・・・高橋さんの記録が抹消されているのは
先生!!もっと前からッス!
戦国時代からッス!/

と心の中で呟いてました。

で、人工交配のことで大変興味深いことを
先生は仰ってました。
柿の場合は、継ぎ木による殖やし方を昔からしてきました。
継ぎ木で増やすと言うことはクローンと同じ。
なので、遺伝子を調べれば、どこから来た柿なのか
遡れるんだそうです。
以前、その西条柿のことで講演をされた時に
島根の西条柿について調べられたんだそうです。
島根には樹齢300年を超える西条柿の古木が多く
街道沿いに多いんだそうです。
そしてほぼ全てが継ぎ木されている跡がある・・・。
そこで、詳しく調べると、街道だけではなく
かつて合戦の有ったところや、陣所にも
西条柿の古木は多く分布していたそうです。
その柿達の遺伝子を辿ると、
吉田の西条柿の古木に行きついた。

なので、西条柿は毛利軍が尼子を攻める時に
街道や陣所、城の側に柿の木を継ぎ木して増
やし
現在もその古木達が残っているということが
遺伝から分かるそうです。

そして、尼子晴久の妻が余生を過ごした寺にも
大きな西条柿の古木があり、
毛利から伝わった柿を食べて
生活をしていたことが分かったそうで
それが、とても印象深かったんだそうです。

・・・え!そんな面白い講座あったんだ!!
是非もう一度してほしい!!
ていうか、
戦に柿の木を持っていったんかい!!
というつっこみが。
いや、この間も吉川家の戦中
一体誰が本を持っていったのか、
そもそも戦仕度に本を持っていくってどういうことなのか
と友と論議してたんですが、
柿の木・・・。
接ぎ木用の柿の木・・・。

・・・まあ、でも「腹が減っては戦はできぬ」は本当で
食糧を確保するのは当時とっても大切な事。
戦地で賄う=略奪が当たり前の時代に
略奪もせず、食糧を増産できる方法として
干し柿用の柿を増やす。
尼子攻めを本当に無理なく
長いスパンで考えていたんだなあと。

因みに、西条柿は東広島の西条でまず間違いないそうで
鎌倉時代には将軍に献上されたほどのもの。
寺の縁起にはっきり書かれているそうで
他の所はそもそもそういう文献ではきと確かめられないそうです。
で、戦国時代には継ぎ木で増やされ
中国地方固有の柿として増えたみたいです。

そもそも吉田に西条柿が来て、
その古木は元就さんの時代のもの・・・。
西条代官弘中さんと親しかったから
その伝手で西条柿を貰い、
それを増やしていった。
とすると、植物からも歴史が分かる。
それも遺伝という決定的な証拠付きで
歴史が解明されるのかあと驚きました。

・・ああ、でもコシヒカリも良かったけど
西条柿の話ももっと聞きたかった!!!


調べると先生の論文あるので
OPACで見ればよいのでしょうが
何分大学が遠い・・・。
因みに「街道を往った西条柿」という論文で
検索すれば出てきます。
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Author:トロロヅキ
主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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