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「毛利元就展」感想

下関市立美術館で開催されている毛利元就展に行ってきました。
下関だから新幹線でぴょいといけるなと思っていたら・・・。
遠かったです、長府。
新下関から山陽線に乗り換えたのですが
山陽本線なのにベースが1時間に2本・・・。
宮島行きなんて昼間でも10分に1本あるのに何で!?
しかも長府駅から下関市立博物館まで2kmあるのでバスを見たら
1時間に2本・・・・。
山口県、観光増を狙うなら道路整備よりバスや電車の本数を増やすなどの
公共交通によるアクセスを整えんと。
車ないと観光できんというのは遠距離から来る旅行客には無理・・・。

しかし苦労して行った甲斐がありました!!
歴史博物館は美術館のようでとっても綺麗。
常設もなかなか良かったです。

常設展では幕末に下関の砲台においてあった大砲とか
長府の毛利藩の歴史とか。
江戸時代、幕末は疎いのでとっても勉強になりました。
あと、長府の毛利は徳川幕府とかなり親密だったんだなと。
第4代将軍家綱の小姓に秀元三男の元知がなっている。
他にも外様大名としては異例の、奏者番・寺社奉行まで務めている・・・。
奏者番は3奉行衆の中でもトップ。
普通は譜代の旗本、それも1万石以上しかなれない幕府の要職です。
・・・ほぼ徳川直臣扱い。
長府すごいなと思いました。

で、企画展。
まずは入り口にどどんとある家系図。
書きこまれているのは大江氏の系図。
ほんまに学者一族なんだなと言うのが一目で分かります。
文章博士とか東宮侍読とか歌人。
歌が和歌集などに載っていますというのは初めてみました。
・・・ていうか武家の系図じゃないですね、これ。
そもそも大学寮の文章博士とか今でいう京大の歴史教授とか文学教授。
「陰徳太平記」では元就さんが占い師に「天皇の侍読になれるでしょう」
と言われたらしいですが、まあありえるかなと。

そして大江流兵法書。
源義経が頼朝に送ったとされる弁明状。
あれって偽物の可能性が高いのか・・・。
なるほど。

で、珍しいものがありました。
毛利さんとこの分家
大内氏の家臣の中に毛利家の分家がいて
防長計略の時に同族だと名乗り出て、毛利家臣になります。
分家と言っても毛利元春の子どもなので数代も前。
当然元就さんも知らなくて、文書などを確認して認めます。
そのやりとりの書状が今回出ていました。
「不思議」「不思議」と元就さんかなり不思議がっていましたが
せっかくの縁だからと「親類なのは間違いなく相手の望む通りの土地を与えなさい。」
「ただ、そこの土地が与えすぎだと思う時は調整するように」
と隆景宛てに出しています。
・・・見付さんや、突然名乗り出た親戚も保護。
血縁意識が高いというか、自分に連なる者は守らなければ!
そう思うのはやはり元綱の件がずっと響いていたかかなと思います。

書状は三子教訓状は勿論
大友氏、山内氏、掘立氏など珍しいものがありました。
山内氏の帰属問題はかなり長引いていたはずですが
確かに書状が長い。
山内氏は備後守護。
安芸守護武田も長門周防守護大内も出雲守護尼子も
滅ぼされた中ではまだ穏便に取りこまれた守護なのですが
プライドもあったわけで色々書いてありました。

あと肖像画。
大方様のがある!
それに毛利元就の肖像画では一番古いとされるものも。
あとは珍しいのが隆元。
自画像の方じゃなく、自画像から再現した肖像画で初めて見ました。
乃美さんもいます。

それと元就さんが子どものころ着ていたとされる袴
濃緑の袴に家紋が縫い付けられています。
後世仕立て直された跡があるらしいですが
子どもが使っていたにしては良く残っているなと。
あとは頭巾と印籠。
・・・黄門様。
と一瞬思いました。

次の展示。
わああ春霞集がある!!
あと和歌も何点かあるなあと思ったのですが
紙に細かく書きすぎててよくわからん。
・・・というか、こんな細い字書けるんだ元就さん。
で、何だろうこれと展示内容を見ると勅撰集。
ようは元就さんが和歌集の中から「いいね!」と思ったのをかき集めたもの・・・。
えええ!!何これ!すごい!!
これが分かれば本歌が分かるかも!!

と、食い入るように見たのですが何分読めない・・・。
辛うじて判別したのが
小町と書いてある小野小町の
「いはの上に旅寝をすればいとさむし苔の衣をわれにかさなむ」
遍昭
「世をそむく苔の衣はただ一重 重ねば疎しいざ2人寝ん」

・・・おおう。これですが元就さん。
小町さんが石上寺に参った時に遍昭がいると知って
「寒いから泊りに行ってもいい?」
と聞くと
「いやあ出家してるから衣って言っても1枚しかないし
 かといって貸さないと面倒だろうから二人で寝ない?」
と遍昭が返した。
軽妙なやりとりの和歌です。
あとは百人一首にあるあの歌。
「このたびはぬさもとりあえず手向山もみじの錦かみのまにまに」
・・・ああ、20代以上の広島県民ならみんな取れる札。
この歌を選ばれるとはさすがです。元就さん。
できれば徒然草のや他のも読みたかった・・・。
精進あるのみですね・・・。
あと元就さん
「自分は江家の流れを組むのに和歌が下手で」
と勅撰集の奥書きでも謙遜しているようですが
後の人からかなり高評価されています。
正岡子規も俳句を勉強する際に
元就さんの歌を評価しているそうなので
もっと自信を持って下さいと思いますが
現状に満足できないから上達するんだろうと思います。
日記に
「私は絵が下手です。もっと上手く描きたいといつも思います。
 でも絵が好きだからその気持ちをこめてかこうと思います。」
と書いた子がいたのですが、この子はきっと上手くなるんだろうなと思いました。
好きこそもの上手なれ。
と言いますが、まだまだと思ってしっかり勉強することも
上達するには必要なのだと思いました。
あの和歌集を編むためにこれだけ努力をしていたんだなと
びっしり細かく書かれた和歌の練習帳を見て思いました。

遠かったですが行って良かった!
そう思う展示でした。
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主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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