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「戦国日本と大航海時代」感想

最近一目ぼれして買った本。

「戦国日本と大航海時代」
(平川 新著 中央公論新社 2018発行)


私は高校で世界史選択者じゃったのですが
横の軸でつながっていく世界というのが面白くて
世界史大好きじゃったです。
カタカナの響きも呪文っぽくてかっこいい!
というか漢字大っきらいじゃったので日本史苦手でした。

似たような名前ばっかりで覚えにくい!!
絶対日本史とるかぁあ!


と吠えようたんですが、今から考えれば
偏諱を与えた人物から時代を想定し、
かつ勢力範囲なども考慮すれば
案外思ってたより覚えやすかったんかもしれんと思います。

で、普段は郷土史という狭い範囲を見ようるんですが
調べようたらすぐに安芸から出る。
景様とか九州から東北、朝鮮までいっとるから追うのかなりしわい。

じゃけえ、横の見聞を広めんにゃあいけんなあと思って手に取りました。

著者の先生は
「なぜ秀吉は朝鮮出兵を行ったのか。」
ということに強い疑問を持たれていて
当時の世界情勢と秀吉の意図、続く徳川の外交政策、
伊達政宗の慶長使節団の真の目的、

往来憶測で語られることの多かった歴史を
丹念に集められた史料を論拠に
世界の横軸、日本の縦軸から
豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗らの外交政策を述べていて
非常に面白かったです。

特に私が心ひかれたのが
「日本をまだ統一もしていないのに、
 なぜ秀吉は明へ外征しようとしていたのか。」

です。

私もこれはちょっと気になっていました。
小早川家文書の中に
九州を攻めた後は明国へ攻める。
という内容の秀吉書状があるのです。
西国ばっかり勉強しているので
九州平定の後じゃけえ、足がかりもできたけえかなあ。
ぐらいに最初は思いよったんですが、
年表をひも解くと小田原攻めがこの後。
東日本がまだ従ってないのに
秀吉お得意の強気外交じゃろ。
としか当初は思っていませんでした。

でも、鍋島さんの葉陰に
「誰もが朝鮮攻めなど不可能だと思っていたのに
 隆景公は朝鮮の地図を出して滔々と意見を述べた。
 賢人だと思っていたのに、結局はおもねるだけの人かと思っていたら
 実際に朝鮮に行くと隆景公の言われた通りの地形が広がっていて
 驚いた。」

という内容の景様の逸話を見つけて以来、
あれ?何で隆景は反対せんかったんじゃろう?
とかなり疑問だったんです。

ですが世界史の背景を知ると納得しました。
かつてイギリスにアルマダ海戦で敗れるまで
日の沈むことのない帝国として世界の国々を
次々にその支配下に治めていたスペイン。
その最盛期だった頃が丁度日本の戦国時代。
当時のスペインは、ライバルのポルトガルと共に
「私と条約を結べば世界を半分やろう」
という、まるで魔王みたいな条約をローマ教皇の名の下に締結していました。
その名もサラゴサ条約とトルデシリャス条約。

両国はこの条約で世界を半分にみたて
新大陸と呼んだ南アメリカ大陸や北アメリカ大陸
インドなどのアジア諸国を植民地化します。
やり方は簡単!

キリスト教化による従属。時期を見て占領。

従属しない場合は虐殺でした。新大陸と称されたアメリカ大陸では
何千万人の先住民が殺されて絶滅した民族も多くいます。
・・・この本には載っていないですが
石見銀山と同じ世界遺産の銀山でもポトシ銀山など過酷の極み。
宣教師の随行記は読むだけで吐き気します・・・。
アジアもフィリピンやマラッカなどが植民地化に置かれていき、
次に狙われたのは明。
神父達の残した記録文書にも征明思想はよく現れています。
コンキスタドールならまだしも神父もそう思っていたのかと衝撃でした。
で、日本はどう思われたのか。
信長と謁見した宣教師たちは日本は武力では征服するのは難しいが
キリスト教化した大名を使えば、明を征服できる。
と、明征服の足がかりにしようと企んでいたようです。

そのことは信長や秀吉、家康もよく知っていた。
でも南蛮貿易によるうまみは捨てられない。
ので、名目だけの禁教令や貿易は禁止しない。
と最初は緩やかなものを出していたんだとわかりました。

でも、次第に迫害が酷くなります。
秀吉の場合は九州の奴隷貿易がきっかけ。
日本人も奴隷としてヨーロッパに多く輸出(?)されていたようです。
他の本ですが、日本人奴隷数十人と硝石1樽の交換レートだったらしいです。

・・・・あー、宣教師が元就さんの悪口言う理由が分かってきました。
硝石を自分で作っているから商売にならんし、
そもそも銀があるから旨みのある奴隷貿易ができん相手じゃった。
それと多分、宣教師の魂胆なんかとうの昔に見抜いてそうです。
隆景が秀吉の朝鮮出兵を見越して動いていたのもそのせいかと・・・。

だから秀吉は帝国スペインに立ち向かうために
明を従えるという誇大妄想と後世思われることをしたのかと納得しました。

というか歴史はまさしく繰り返す。

スペインとポルトガルによる世界の植民地化とアジア危機に対し
唐や朝鮮への征服を図ることで対抗しようとした。
結果、補給路が保てず敗戦。

これは太平洋戦争に非常によく似た構図だなと思いました。
ただ、負けて引きこもったとはいえその武力は
スペインもポルトガルも油断ならないものとして伝わり、
両国は日本に手を出さなくなった。
明もまた、「眠れる獅子」としてヨーロッパから一目置かれた。
それにアマルダ海戦による航海権の変化と
イギリスの台頭もアジア近辺の情勢を変えた。

秀吉の失敗とされる朝鮮出兵ですが狂ったわけではなく
きちんと明確な意図があったのだなと思いました。
まあ、だからと言って朝鮮出兵を美化するつもりは全然ありません。
あれが無ければ隆景らがああも早く亡くなることは無かったでしょうし、
歴史の結果としてそうとも取れるなぐらいですが。

あ、それから何で輝元がパタニ王国の通商手形を持っていたか少しわかりました。
家康が南蛮貿易のうまみか宗教による侵略を防ぐかを天秤にかけていた頃なので
鎖国ではなくまだまだ諸大名も対外貿易ができた頃のものだったんですね。
それもイスラム教国だから、懸念しているようなキリスト教の感化も少ない。
江戸幕府のキリシタン弾圧に引っかからない。
輝元なりに考えたのか、益田さんあたりが考えたのか、
西国だからこそ相手の国事情をきちんと理解しているんだなと思いました。

後半は伊達政宗の慶長使節の事でしたが
家康のかける政治圧力を巧みに交わして
利用できるところは利用しているあたりがさすがだなと思いました。
ここが一番読んでてわくわくしました。

また秋に東北巡りができたらなと思っています。
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Author:トロロヅキ
主に毛利元就から浅野長勲までの安芸の歴史に関するブログです。初めての方は目次へどうぞ。

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