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松永久秀書状

吉川家文書(家分け9の2)

1483号(デジタルp431)
書き下し文
「當春の御吉兆、重畳蓋し期あるべからず候
 今度敵出張の處に仍って、信長則ち馳せ参られ候
 境筋、濃州へ罷り下り候の条、同道しめ候
 然るに早各々懸け合い、一戦及び、切り崩し
 数千人討ち捕らえられ、相果て候
 公方様相叶えられ天道奇特にかくの如くに候
 はたまた豊筑の様体如何候や
 承りたく候定めてご存分如く
 仰せつけられるべくこと察しめ候
 織田信長別して公儀の段仰せられる通り
 御馳走おいては。天下ご静謐なすべく候
 委細日乗承認演説なすべく候、恐々謹言

 正月十九日 久秀
 吉川駿河守殿 
        御宿所」

私訳
「今年も良い年となりそうな気がするような春を迎え、
 満ち足りた年になるべきであると強く思っています。
 
 この度、敵が出陣してきましたので
 信長は即座に駆け付けて参りました。
 堺の衆らは、美濃につくことになったので、私も一緒に行きました。

 そうすると、早々と敵が攻めかかってきましたので
 一戦を交え、敵を切り崩し、数千人を討ち捕らえられ、
 敵は相果てました。

 公方様の願いが叶えられましたこと
 天道奇特とはこのことにございましょう。
 
 さてさて、大友と戦っている豊前や筑前の様子は如何でしょうか?
 詳しいことを教えて欲しいです。
 きっとお望みのように仰せつけることができますでしょう。
 織田信長はとくに公儀のことは公方様が仰られるように
 動かれますので、天下は治まるでしょう。
 詳しいことは日乗が承認演説をしますので
 これにて失礼いたします。

 正月19日 松永久秀
 吉川元春殿  御宿所」


年未詳の手紙ですが、
 ①松永久秀が織田信長の陣営にいた時期
 ②大友と毛利が戦っていた時期
の2つから推定できそうです。

まず、①松永久秀が織田信長の陣営にいた時期ですが、
松永久秀が信長と接触したの永禄11(1568)年9月の信長の上洛とされています。
そして袂を分かったのが元亀3(1572)年です。

永禄12(1569)年の正月
 5日に三好三人衆が足利義昭の御所を取り囲み、
 10日に信長が上洛。
 なので正月早々穏やかな様子ではないので違います。

永禄13年(1570)の正月
 前の年の10月17日から信長は義昭と対立しており、
 正月の23日に義昭に条書を送って
 義昭の下知や恩賞付与を規制するなど、
 義昭との仲が平穏無事ではありませんでした。

元亀2(1571)年の正月
 前年の元亀元年から始まった朝倉と織田の戦いが
 12月に和議を結び、ほっと一息ついたところです。
 
元亀3(1572)年の正月
 正月早々から近江の六角承偵が信長で戦。

正月に美濃へ行く途中で敵と遭遇して一戦交えているのは元亀3年。
とすると元亀3年の可能性が高いと思われます。

次に、大友と毛利が戦をしていた時期です。
永禄2(1559)年から北九州をめぐって争っていたのですが
上記から永禄12年~ 元亀3年までの間に絞ります。

永禄12年
 5月18日  立花山城の戦い
 6月     山中鹿之助の乱勃発
 9月     本太城の戦い(阿波三好VS村上武吉)
 8月     毛利元就、織田信長へ山陰への援軍要請
10月11日 大内輝弘の乱勃発
10月25日 大内輝弘自害、乱終結

永禄13年(元亀元年)
 正月5日   輝元、出雲へ出向
 6月頃    尼子方の城はほぼ全て落城
 9月頃    元就が体調を崩し、輝元と隆景は吉田へ帰還

元亀2年
 正月    村上氏離反
 8月     山中鹿之助、吉川元春に降参

元亀3年
 毛利・大友・浦上に和睦周旋を義昭と信長呼びかける。

途中に山中鹿之助や大内輝弘、浦上氏と三好氏を入れましたが
いずれも大友氏の後方かく乱に乗っかった人物なので対大友に
入れています。

毛利と大友は何度か和睦の話が出ており、
いずれも足利義昭から斡旋されてきました。
しかしながら筑前の国人達の多くは毛利氏を頼みに大友氏と戦い、
毛利氏も国人衆の安全や関門海峡の守りのために手を抜くことはできません。
なので、永禄年間は大友氏と毛利氏は常に対立している状態なので
この松永書状はどの年でもあり得るかと思います。

ただ、元亀3年は義昭と信長により和睦が成り立ちそうな雰囲気になっていたので
この手紙は和睦交渉の一環の可能性があります。

最後に、松永久秀を取り巻く状況からも元亀3年の可能性が高そうです。
基本、織田と毛利の手紙のやり取りは羽柴(木下)秀吉と小早川隆景です。
しかしながら、今回、松永久秀が織田方の動きと将軍家の動きを手紙で書いています。
松永久秀は元亀3年から信長と距離を置くようになりました。
信長と対抗できる人物を探すために毛利に手紙を出し、
幕府の重要人物として様子を伺ったのかもしれません。
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